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2023.6.30 DESIGNER
有名建築家の住宅価値
先日、アメリカ建築雑誌のネットニュースを見ていたら、訪問した事のある住宅が売りに出されていました。2020年のコロナ感染直前の1月に訪問した住宅で、ウエストハリウッドから車で1時間位走ったマリブのパシフィックコーストハイウェイ沿いにある住宅で、数件でプライベートビーチを持つ宅地でした。少し変わったデザインでサンドキャッスルと言われる住宅は、建築家ハリー・ゲスナー氏の自邸として1970年に建てられ、その家に訪問したに2020年には彼自身がインタビューに答えてくれました。そのゲスナー氏が2022年6月に亡くなられ、その自邸が2750万ドル(39億円)で売りに出されていました。
私自身、アメリカで数百軒の住宅を見てきた中で、とても印象に残る家の一軒です。高速道路の道端にあるゲートから海岸まで急な坂を降りていくと、ムーミンの親友のスナフキンの帽子のような形をした家が見えてきました。大自然の中でムーミンが好きなヒッピー家族が住んでいるような印象です。そこはマリブのビーチが目の前にあり波音が聞こえるくらい海に近い場所でした。隣を見ると世界的に有名なウェーブハウスが立っていて、大自然のデザインと近未来デザインが並んで建っている風景は異質に見えますが、何か統一感のある不思議な雰囲気のエリアでした。
隣のウェーブハウスに目が釘付けになったのは、建築的に世界的に有名だったのもありますが、ロサンゼルスへの機内で見た映画イエスタディの中で音楽プロデューサーが住んでいて主人公が呼ばれるシーンがあったからです。この家は1957年に建てられ、シドニーのオペラハウスを設計したデンマークの建築家ヨルン ウツソンのインスピレーションとなり、オーストラリア政府からデザインの許可依頼が来た事でも有名ですが、数年前までロックのスーパースター、ロッド・スチュアートが住んでいた事でも有名になりました。その家に目を奪われながら、スナフキンの帽子の家の前に着くと、木の香りがする自然素材の作りで、人が住んでいる温もりを感じました。
サンドキャッスルの中に入ると中心の暖炉の上から放射状に木製の梁が伸びた円形のリビングが広がり、その窓からサーフィンにちょうど良い波の砂浜が広がって見えます。奥から出て来てくれたアグのムートンブーツを履いた老人が建築家ハリー・ゲスナー氏で、2020年に訪問した時は92歳でした。彼は親日家で、奥様が女優をされていて、映画撮影で日本を訪れていた奥様と新婚旅行として京都など日本を周り、その時に授かった長男にゼンと禅から名付けた事を聞きました。ゲスナー氏はアメリカ陸軍兵として第二次世界大戦のヨーロッパでのバルジの戦いで負傷して帰国し、イェール大学でフランク・ロイド・ライトの建築の授業を聴講し、ライトからライトの建築スタジオのタリアセン・ウェストへの入学を勧められたが断り、南米での遺跡発掘に放浪し帰国後、叔父さんの会社で建築修行をし独学で建築を学びました。
1950年代から本格的な建築設計を始め、珍しいデザインで評判を築き、ウェーブハウスを1956年に設計をしたそうです。クライアントの要望で探したマリブにサーフィンに適した場所を見つけ、その場所でキャンプをしサーフボードで沖合まで出て、現場を振り返りながらサーフボードにグリースで家のデザインをスケッチしたそうです。大学を出ていない彼は、このウェーブハウスで成功した後も、貧乏な生活は続いたそうです。サーフィンが好きなゲスナーは1960年後半にこの場所を手に入れたが、お金が無く、古い電柱や使われなくなった高校の体育館からメープルの床材や、火事になった教会からレンガやドアやステンドガラスをもらい受け、それを使った自宅の建築を作り上げたそうです。お金が無く仕方がなくした事が、今ではサステナブル、エシカルの先駆けだったと、、。
そのサンドキャッスルの訪問は夢のような時間で、ゲスナー氏から直接話を聞けた事は本当に貴重な体験でした。彼の一家は2014年までムートンブーツのアグのイメージキャラクターを務め広告に写真が使われていたそうです。息子さんのゼンさんが俳優から不動産業に転業して、内装をやインテリアはリフレッシュしましたが、販売価格が2750万ドル(39億円)とは土地代というより、伝説の建築家の自邸というアート的な価値になったという事なんでしょう。1970年完成時の施工費が10万ドルと話していたので、すごい価値の上昇です。日本でも歴史的価値のある住宅は残せるような価格で取引してもらいたいものです。
(クリエィティブディレクター 瀬戸 昇)