COLUMN

2025.3.31 DESIGNER

モダン建築の修復とリノベーション

AD CORE DEVISE DESIGNER COLUMN Vol.166
六本木の国立新美術館で「リビング・モダニティ 住まいの実験 1920s-1970s」が開催されていいます。20世紀にはじまった住宅をめぐる革新的な試みをモダン・ハウスを特徴づける7つの観点から再考した展示会で、モダン建築を代表する14邸の写真や図面、スケッチ、模型、家具などが展示されています。訪問した事のある住宅も何軒かあり、建築家のスケッチなど見応えのある展示会でした。その中の一軒のピエール・コーニッグのケーススタディハウス#22のスタール邸も訪問した事のある家でした。スタール邸の写真が撮られた時代が違うのかインテリアの見る方向によって、インテリアと置かれる家具が変わっているのが少し残念でした。ピエール・コーニッグを有名にしたのはフォトグラファーのジュリアス・シュルマンが1960年に撮影した写真で、その中のスタール邸は世界で一番有名な住宅と言われるようになりました。そのインテリア写真を使えば良いのにと、、。

2006年、カタログ撮影のロケハンでスタール邸を初めて訪問しました。その際にスタール夫人から家の歴史や特徴や住み心地など、オーナーでなければ分からないお話を聞かせていただきました。雨や風の音や上がりやすい室温など不満はあるが、それを越える眺望の良さが一番な事や、若い時にお金が無く自分たちで整地をした事など、さまざまな話をしていただきました。その時の建物はオリジナルの状態で、長年使い込んだ家具が置かれていました。その後、スタール夫人が亡くなられて家を長男が相続し有料で一般公開されるようになり、今は長女が管理されています。息子さんが相続して公開されてる時に訪問した時には、ハリウッドの家具店がスポンサーになり、モダンなリプロダクト家具に変えられていて、ジュリアス・シュルマンが撮影時に使用された物にすればもっと良く見えるのにと少し残念に思った記憶があります。スタール邸で特筆すべき点は、ロサンゼルスでは持ち主が点々とする事が多い中、オーナーが亡くなるまで50年以上住み続けた家は稀有な存在ではないでしょうか。

有名建築でも建築当初から有名だった住宅ばかりではありません。持ち主が変わるたびに、その時のオーナーによって改装がされ元の姿が無くなる事があります。先日、アメリカ西海岸建築セミナーで紹介したピエール・コーニッグ設計のケーススタディハウス#21、ベイリー邸もその一つです。ベイリー邸は心理学者のウォルター・ベイリーがピエール・コーニッグに依頼して1959年に建てられました。そのベイリー夫妻が1969年に東海岸へ移転後、次々に所有者が変わり改装が重なり無かった暖炉が設置されたり、1980年代にはキッチンの位置が変更され、元の設計が台無しになりコンセプト自身も忘れ去られていました。1989年にジュリアス・シュルマンのケーススタディハウスの写真がロサンゼルス現代美術館で「モダンリビングの青写真」と題された展示会で展示され、ほとんど忘れかけられていたピエール・コーニッグのカルフォルニアモダン建築への貢献が再認識されるようになり、このベイリー邸にも注目が集まるようになりました。

1997年ベイリー邸は、映画マトリックスで有名なプロデューサーのダン・クラッチオロが150万ドルで購入し、設計者のピエール・コーニッグに修復を依頼し1年かけて修復されました。修復は1959年当時の冷蔵庫や給湯器の代わりになる物を改造するなど時間がかかり、建てた倍の時間がかかったそうです。その際にはオリジナルから少し現代風に作り直された箇所もありましたが、家具はオリジナルにこだわり、特注で再現されたそうです。しかし、そのベイリー邸も2006年に韓国人女性アートコレクターに318万ドルで売却されました。その売却額はモダンハウスとしては2番目の高額で、建築がアートとして取引された転換期と言われました。その時に修復を依頼されたのはマーク・ハダウェイでした。その家も2016年には女優のアリソン・サロフィムへ販売されましたが、購入後、地盤沈下の対策と共に、よりオリジナルに近い修復を開始しました。その修復を依頼されたのは、またマーク・ハダウェイでした。彼は2023年にコラムで書いた、マルーンファイブのギタリストのジェームズ・バレンタインが所有し、今はブラット・ピットが所有するミッドセンチュリー住宅の修復も手掛けました。彼が数年かけて徹底的にオリジナルへ戻したベイリー邸は輝いているように見えました。

私が最初に訪問した2015年には韓国人女性アートコレクターが所有していた時で、修復が終わってオリジナルの状態にしたと聞いていましたが、2024年に再訪問した際には再度基礎から徹底的な修復がされていました。修復を再度依頼されたマーク・ハダウェイはニューヨークとロサンゼルスにヴィンテージファッションのレザレクションヴィンテージという店を持ち、世界的中のセレブに定着したヴィンテージの流行りを作った店としても有名になりました。今はヴィンテージ住宅の不動産業でも成功し、不動産修復士としても活躍しています。彼の修復方法は徹底してオリジナルにこだわる事です。改装や増築された箇所は元図面に基づいてオリジナルに戻され、竣工当初に入れられていた家具や置かれる小物まで、その時代に合わせた物が使われる事です。それも新しいリプロダクト物ではなく、その時代のオリジナル物です。1956年にジョン・ラトナーが設計した彼の自邸ハーペルハウスに訪問した事がありますが、完璧にオリジナルに戻され、置かれる同時代のヴィンテージ物やバスルームのヒーター、換気扇やコンセントやサッシや付いている鍵までその時代の物を使っていて、ガレージに置かれるポルシェ356も1959年の物が置かれていたのは驚きでした。

アメリカのオリジナルにこだわるのは家だけでなく、デニムのヴィンテージも同じ事で、ヴィンテージの車もオリジナルパーツによって修復された物に価値をつけられ、新しく改造やリノベーションされた物より数倍の価値で取引がされます。車や住まいは現代の技術とパーツで改装された方が快適だとは思いますが、どこまでオリジナルかが、現在の高価格での取引基準になっています。今はなんとなく古びて見える物も50年以上経てば価値が付いてくるのでしょうが、30年から40年くらいを越えられるかが、時代を越えるデザインなのでしょうね。当社は設立40年です。40年目を迎える製品もありますが、あと10年でヴィンテージになればと思っています。(クリエィティブディレクター 瀬戸 昇)

1959年ピエール・コーニッグ設計のケーススタディハウス#21ベイリー邸。左上ガレージから見た風景で家の周りを浅い池が囲みます。この家には玄関らしい箇所がなく、ガレージ側のスライド扉を開けて中に入ります。左下:オリジナルの黄色のキッチンに戻されていました。右上:キッチン裏のリビング。家具はまだ入れられていません。右下:地盤が傾いていたのを基礎からやり直した工事風景。立て直した方が早いのではと思います。
1956年ジョン・ラトナー設計のマーク・ハダウェイ自邸のハーペルハウス。2005年に購入し長い時間をかけてオリジナルに戻しました。左下:造り付けのベンチのあるリビング。オレンジ色のTシャツ姿の方がマークさん。右上:キッチンも元図に基づいてオリジナルに戻しました。インテリアには12年かけたそうです。右下:リビングに置かれていた1956年のギブソン社のエレキギターで今では1000万円以上の価値があるそうです。アルミサッシのアクリル製の取手や鍵もオリジナルにこだわり、修復するのに時間がかかったそうです。